アフリカの歴史

人類発祥の地

アフリカは人類発祥の地とも言われ、歴史的にも大変重要な地域です。 しかしながら、歴史的・政治的・経済的・社会文化的等様々な要因から、最近の急速な経済発展・グローバリゼーションからは取り残され、第二次大戦後、地域別で経済成長が唯一減少した地域でもあります。

 

アフリカと一口にいいますが、実は多種多様な国々・人々の集まりです。 気候も熱帯雨林、サバンナ気候、地中海性気候等、地域により様々で、民族/人種・宗教・慣習も異なり、当然ながら歴史、政治・経済、文化社会的条件もバラエティーに富んでいます。

 

アフリカ大陸には53カ国ありますが、本文では、通常サハラ以南アフリカ(又はサブ・サハラアフリカ)といわれる48国をアフリカと指すこととします。 これには異論もありますが、国際関係、社会科学等で「アフリカ」という場合、北アフリカ5カ国がその異なる歴史も含め、政治・経済・社会的文化圏からサハラ以南のアフリカとは一線を画すと考えられているからです。 但し、北アフリカとサハラ以南アフリカと歴史的に緊密な繋がりがあったことも事実であり、また、北アフリカ諸国は現AU(アフリカ連合)にも加盟し、アフリカの人々の発展のために積極的に指導的役割を果たしているリビア等の活躍もあり、北アフリカの「アフリカ」としての存在を否定するものではありません。

 

アフリカの悲劇

アフリカの悲劇は、歴史上の奴隷制、その後の植民地政策・ヨーロッパ列強のアフリカ分割が挙げられます。 新大陸に多くの働き盛りの人々を強制的に送られて、アフリカ経済はまずそのために発展が著しく阻害されました。 その後、植民地政策・ヨーロッパ列強のアフリカ分割により、アフリカの人的・物的資源は一層搾取され、その上、現在地図を見てよくわかる、アフリカの地元の人々や社会・歴史を無視した「一直線」の国境が欧州列強各国によって引かれたのです。

 

第二次大戦後、アフリカ諸国はヨーロッパ列強から政治的独立を勝ち取りましたが、その後、多くの国で、紛争・内戦・軍事クーデターが繰り返されました。この政情不安定には、このような人工的な国境が大きな原因の一つであります。 又、戦後の冷戦時代で、米ソともに独立したばかりで人工的国境線上に成立している脆弱なアフリカ諸国を、援助をネタに自分の陣営に取り込もうとし、紛争が長期化する傾向がありました。 特に資源が豊富であったり、軍事戦略的に重要と米ソが考えられた国々には、米ソの支援が会い争うように行われ、その国の内政不安継続を支援したといってもよいでしょう。 これらの援助は米ソの国益のために行われたものであり、アフリカ諸国の発展を考えたものでは必ずしもなかったので、アフリカ諸国の植民地時代からの2・3の換金作物や天然資源に依存する経済構造には変化もなく、寧ろそれが助長される傾向にありました。

 

そんな中での世界石油ショックは第二次産品を多く輸入するアフリカ諸国にとって、大打撃となりました。 また、長期的な第一次産品の値段の下降減少、しかもそれらアフリカ諸国の輸出できる一次産品の値段をアフリカ諸国がコントロールできる立場にない、現在の国際経済システム等が、アフリカ諸国経済の停滞・悪化を助長しました。

 

新たな脅威

1980年代後半からの世界銀行・IMF(国際通貨基金)の構造調整計画は、基本的には市場経済・民営化を信奉するものであり、非効率な国営機関を民営化し政府の補助金等を削り、民間活力を活かし効率化しよう、というものでしたが、それに対応できる「民間」が十分育っていないアフリカにおいては、より一層農村・税弱者層を苦しめる結果となりました。特に農家等への補助金がなくなり、農家は農業継続へのインセンティヴが失われていき、生産性にも影響が出ることとなりました。

 

人口増加がこのような経済の遅々たる発展・停滞を上回るペースで伸び、また、経済停滞が人口増加を促す側面もあるため(子供は無償の労働力と見なされます)、一人当たりの食料生産は過去40年間で減少する結果となり、そのため、アフリカの飢餓人口も増加傾向が続いています。

 

冷戦が終わると、それとともに米ソのアフリカへの関心も急速に薄らぎ、先進国の援助疲れもあり、アフリカへの援助は下降していきました。世界では、東西体制の政治的枠組みの縛りがなくなり、グローバリゼーションが進行していきましたが、アフリカではその流れから取り残されたマージナライゼーションが進んでいます。又、貧困ゆえの様々な被害の拡大、つまり基本的な経済インフラストラクチャー・政治経済社会システムのアクセスが欠けているための生活状況の悪化、例えば内乱・紛争等人的災害による貧弱なインフラストラクチャーの一層の破壊、旱魃・洪水・砂漠バッタ等自然災害による被害の拡大化、高い乳幼児死亡率、低就学率、マラリア等の蔓延、HIV/AIDSによる様々なレベルでの経済社会的被害、実際アフリカの人々の平均寿命は、世界の他の地域で延びているのと反対に減少している国もあるのです。 また、最近では鳥インフルエンザの被害も見られるようになり、新たな不安の種と成りつつあります。

 

真の人類の持続的開発

このようなアフリカ諸国の経済停滞は全てが外的要因によるものではありません。アフリカ諸国と同じように植民地化され、冷戦の多大な影響を受け、実際、独立当時の経済指標はアフリカ諸国よりも低レベルにあったアジア諸国の中には、経済的発展を成し遂げた国々もあります。歴史的・政治経済的・文化社会的要素が異なるので単純に比較は出来ないものの、独立後のアフリカ諸国の指導者にも責任はあります。

 

ここ数年、しかしながら、アフリカ諸国の中にも経済発展を見せるような国々が現れてきました。 良きにつけ悪しきにつけ、先進国の注目を受けられず、否応なしにアフリカ諸国の指導者達が自国の発展に取り組まざるを得なくなった側面もあります。また、民主化の拡大により、軍事独裁が少なくなりより民主的政治体制が広まり、内政が安定してきてもいます。また、これまでの自分達一族・民族を優先に考える指導者達から、「国」としての経済発展を目指す施行・施策も少しずつ浸透しつつあります。 これは、現在のグローバリゼーションから取り残されていくアフリカ諸国の危機感の現れであるとともに、真の世界の持続的発展にはアフリカを取り込まなくては達成されえない、という事実でもあるのです。

 

今日、世界ではテロの不安・活動が広がっています。これは、グローバリゼーションによる政治的・経済的・社会文化的繁栄のメリットを受けられない阻害された人々が、テロという形で反撃をしているともいえるでしょう。人間は完璧ではありません。全ての人々が幸福になる、ということは人類史上達成不可能な目標かもしれません。しかしながら、出来る限りその目標に向かうよう、取り残されているアフリカの人々が現在の発展から利を得られるような国際的システムを目指すことが、真の人類の持続的発展に繋がるのです。その意味で、アフリカの発展は人類全体の持続的発展のカギでもあるのです。