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Fatouma Seid 名前
ファトゥーマ・セイド

年齢
39

出生地
東アフリカ、ジブチ

言語
ソマリ語、フランス語、英語、アラビア語、イタリア語
肩書
支援担当官

私は緊急支援部で働いています。私たちは、災害や内戦で被害を受けた国々で、人々が畑を耕して十分な食料を生産する手助けをしています。

私は、西アフリカのリベリアから帰って来たばかりです。リベリアでは、戦争が終わって以来、人々が自分の土地で仕事を再開しようとしているところです。2004年に和平条約が締結されると、私たちは農具や種子、その他の物資の配給を支援するために緊急援助チームを現地に送りました。自分の家から追われた多くの人々が、何もないところに戻ってきました。16年間の戦争の後には、作物は全滅し、農地には害虫が群がっていました。

戦争から戻った、学校教育を受けたことのない若者たちのためのトレーニングの立ち上げにも努力しました。彼らが新たな紛争の源になるより農民になる方がずっといいからです。

私の役目は、適格な専門家を見つけて、危機に瀕している国に送る緊急援助チームを組織することです。私は、常に電話やEメールで連絡を取って、チームの必要なものがすべて揃っているかどうか確認します。どんな問題にも対処します。そうした国々に出向くこともあります。これは、どんなところにもっと支援をする必要があるか知るのに役立つだけでなく、人々が生計を立てる上で日常的にどんな問題があるのか知る上で、現実的な見方ができるようになるからです。

私の仕事のうち、もうひとつ大切なことは、各国政府やドナーに対してプロジェクトの認知度を上げることです。資金援助を引き出すために、彼らと直接話をします。

これから、調達のセクションに確認に行かなければなりません。原則として、被害国へ送る物資の注文は、彼らが担当しています。私は、コートジボワールに送る数百トンの種子を入手しようとしているところです。内戦によって耕作ができなくなり、政府の支援もありません。ですから、この種子を送って、タイミングよく蒔かなければならないのです。

FAOに入る前、私は国連世界食糧計画(WFP)で働いていました。内戦のあった時期にスーダンやブルンジに住み、緊急援助プロジェクトに携わっていました。この経験によって、農村地域の何千、何万という人々が直面している問題についての基礎知識を学ぶことができました。

私は、具体的な何かができるこの仕事には満足しています。けれども、世界の国々には、必死で生計を立てようとしている何万という家族がいるのに、私たちのできることには限りがあります。一部の人たちの生活を向上することはできても、全員に手を差し伸べることはできないのです。

Aziz Arya
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Yanyun Li
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© FAO, 2008